先週から急に温かくなったので、
ようやく重い腰を上げて、マラソンを始めました。
秋頃から走ってはいたのですが
寒さにはどうも弱く・・・。
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ようやく冬眠から覚めた感じです。
温かくなったとはいえ、早朝の空気はまだ冷たくて
寒さで手の感覚がなくなります。
けどしばらく走っていると、いつの間にか汗をかくほどに
無心になって走り続けていることがあります。
今日、走っている最中にずっと気になっていたことがわかりました。
私がマラソンが嫌いなわけ。
なのに走りたくなるわけ。
それは、"マラソンはごまかせない" ということかなと。
小学校でのマラソン大会は6年間ずっと1位。
なのにマラソンはいつも、なんとなく嫌いでした。
1位の座を譲りたくない意地と、1位を獲らなければという勝手なプレッシャーもあったと思います。
でもそれだけではないような気がずっとしてました。
勉強でも何でも、"そこそこ上手に見せる"術を小さいときに身に着けて
それなりに何でもできる子というポジションに心地よさを感じながら育ってきた私は
幼いなりにも、マラソンだけはごまかしが効かないことを体で分かっていたように思います。
前日に練習すればどうにかなるものではないので、
大会の何週間も前から、暗くなった町内を、1人で走りこんだ記憶が残っています。
小学校という小さな世界で初めて体験する競争という概念は
1人で走りこみをしなければいけないマラソンとはどうも違うような気がしてました。
だから、ごまかしが効かないマラソンは
自分の限界を知ったり、追い込んだり、甘さを知ったり、
そういう嫌な存在のように感じていたのかもしれません。
でも最近になってマラソンをしたいと思うのは、
そこをもう一度、ちゃんと通らなきゃいけないって感じているからかも。
小学生のころから何度も走ったマラソンの道は
時間が止まったかのように同じ風景で
空気の匂いまでもが昔のままのようでした。
ピンとはった白いゴールテープを思い浮かべながら
もう一度、走り出そう。